ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛
全5回の特別号です。第2回:4つの法域を並べてみる
前回、アメリカのCLARITY法案が8月10日を採決なしで通過したことを書きました。
正直に申し上げると、私はこれを見て「アメリカは周回遅れではないか」と感じました。日本もEUもロシアも、既に法律を持っているからです。
その第一印象は、半分だけ正しく、半分は逆でした。
① 法律の整備状況を並べる
まず、市場構造を定める法律の有無を見ます。
| 法域 | 法律 | 状態 |
|---|---|---|
| EU | MiCA | 全面適用済み。2026年6月30日に移行期間も終了 |
| 日本 | 資金決済法・金商法・所得税法 | 施行済み。税制も公布済み |
| ロシア | 連邦法282-FZ | 8月4日に署名。9月1日施行 |
| アメリカ | CLARITY法案 | 9月15日に審議入り動議 |
アメリカにあるのはGENIUS法(ステーブルコインのみ)だけです。市場構造の法律を持っていないのは、主要国でアメリカだけという状態になっています。
しかも世界が模倣しているのはMiCAであって、アメリカの枠組みではありません。英国が2027年10月に導入するステーブルコインの枠組みも、MiCAの準備金の考え方を採り入れたものです。
ここまでは「アメリカが周回遅れ」で正しい。
② ところが、規模を並べると風景が変わります
世界のステーブルコイン全体 約3,150億ドル(約99%がドル建て)
MiCA準拠のユーロ建て 8種の合計 約6.7億ドル
日本のJPYC 累計発行額 約30億円
ユーロ建ての比率は、全体の0.2%です。
MiCA準拠のユーロ建てステーブルコインは、2026年6月時点でわずか8種類。年初の5種類からは増えましたが、8種合計の時価総額は2億9,560万ドルから6億7,390万ドルへの増加にとどまります。1年で128%伸びた、と言えば聞こえはいいのですが、絶対額が違いすぎます。
③ そして、EUの規制はドルへの流入を生みました
ここが最も皮肉な結果です。
MiCAの移行期間が終わり、ESMAは2026年6月23日に「ライセンスなしでEU顧客に暗号資産サービスを提供することはEU法違反である」と公式に声明しました。
その結果、USDT、DAI、USDe、FDUSD、PYUSD、TUSDはいずれもMiCA未承認となりました。Tetherは承認取得の意思がないと表明し、Binance、Coinbase、Kraken、Crypto.comがEEA向け個人顧客への提供を停止しています。
では、EU市民の資金はどこへ行ったか。
USDC、EURC、USDGへ移動しました。
USDCはアメリカのドル建てトークンです。
EUが自前の規制を完成させ、非準拠のトークンを排除した結果、EU市民の資金が米ドル建てトークンに流れた ― これが観測された事実です。
④ 日本でも、同じことが起きています
日本の順序を追うと、こうなります。
2023年6月 改正資金決済法 施行 ← 制度の起点
2025年3月 SBI VCトレードが電子決済手段等取引業者 第1号登録
→ USDC(ドル建て)の国内流通開始
2025年10月 JPYC 正式発行
2026年3月末 改正所得税法 公布(申告分離課税20.315%)
2026年6月1日 改正資金決済法の政令・内閣府令 施行
日本が電子決済手段等取引業者の第1号を認可したとき、最初に国内で流通し始めたのもUSDCでした。
JPYCは健闘しています。2025年10月の発行開始から約7か月で、累計発行額30億円超、口座開設数1万9,000件(2026年5月30日時点)。JPYC社は2026年4月に28億円を追加調達し、シリーズBの累計は約46億円になる見込みです。
ただし30億円は、約2,000万ドルです。世界のステーブルコイン3,150億ドルの、0.006%にあたります。
⑤ ここで、日本の位置づけを訂正します
私は当初、日本を「制度整備で追いかけている国」と捉えていました。これは間違いでした。
有斐閣の解説が、経緯を明快に整理しています。
日本は特定信託受益権(信託型ステーブルコイン)の規制を、他の主要法域に先行して2022年に導入しました。 その後、アメリカやEUが、ステーブルコインの裏付け資産として短期国債など預金以外の運用を認める規制を導入・提案した。その国際動向を踏まえて、今回、日本が運用範囲を広げたという順序です。
つまり今回の改正は、世界標準に合わせるための緩和でした。
具体的には、これまで要求払預貯金のみだった信託型ステーブルコインの裏付け資産について、発行額の50%を上限に、満期・残存期間3か月以内の日本国債・米国債や、中途解約が認められる定期預金での運用が認められる方向です。元本を毀損しないための条件も併せて定められます。
日本は追いかけているのではありません。最初に走り出した国です。
⑥ ロシアだけが、まったく違う設計です
プーチン大統領は8月4日、連邦法282-FZ「デジタル通貨およびデジタル権利について」に署名しました。下院の可決は340票中327賛成、5棄権 ― ほぼ全会一致です。
そして中身が、他の3か国と決定的に違います。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 国内での決済 | 引き続き全面禁止。ルーブルが唯一の法定決済通貨 |
| 違反時の罰金 | 個人10万〜20万ルーブル、法人70万〜100万ルーブル |
| 越境決済 | 上限なしで解禁 |
| 個人投資家 | 仲介業者ごとに年間30万ルーブル(約3,800ドル) |
| 適格投資家 | 上限なし |
輸出入業者は、仲介業者を通じても、直接ウォレットを使っても、取引上限なしで暗号資産を使えます。 報告義務と納税義務のみが課されます。
グリゴレンコ副首相の事務所は、ライセンス仲介業者を通じた合法的な国際暗号取引を認めると確認しました。当局は越境取引を法案の主たる経済的合理性として位置づけています。
ある解説はこう表現しています。「ロシアは暗号資産を日常生活に解放したのではない。国家の柵の中に入れ、監視し、課税し、望む用途へ誘導しているのだ」
ロシアだけが、明確に「反ドル」の装置として制度を作りました。 そしてデジタルルーブルの展開も、同じ9月1日から始まります。
この回のまとめ
「アメリカが周回遅れ」は、法律については正しい。しかし通貨については、まったく逆です。
各国が法制度を整えるほど、その制度の上を流れるのはドル建てトークンでした。EUでも日本でも同じことが起きています。唯一の例外がロシアで、そのロシアも制裁下でやむを得ずそうしているだけです。
ヨーロッパと日本はサーキットを作り、アメリカは車を持っている。
では、なぜアメリカは立法を急がないのか。次回、その理由が見えてきます。
次回:アメリカは遅れたのではなく、別の道を選んだ
2025年1月、アメリカはある道を法律で閉ざしていました。
【注記】
MiCA 2024年12月30日に全面適用(ステーブルコイン規定は2024年6月30日から)。2026年6月30日に移行期間が終了し、ライセンスなしでEU域内に暗号資産サービスを提供する事業者はEU法違反となった。2026年6月23日、ESMAがその立場を公式声明で明示。2026年3月時点でEMT(電子マネートークン)発行体は11か国19社、29トークン。MiCA準拠のユーロ建てステーブルコインは2026年6月時点で8種(年初は5種)、8種合計の時価総額は1年間で2億9,560万ドルから6億7,390万ドルへ128%増加。英国は2027年10月のステーブルコイン枠組みでMiCAの準備金アーキテクチャを採用した。
MiCA未承認のステーブルコイン USDT、DAI、USDe、FDUSD、PYUSD、TUSDは2026年5月時点でMiCA未承認。Tetherは承認を取得する意思がないと表明し、Binance、Coinbase、Kraken、Crypto.comがEEA向け個人顧客への提供を停止。CoinbaseはEEA利用者向けのUSDTを2024年12月13日付で削除、Binanceは2025年3月にEEA利用者向けの規制対象ステーブルコインのペアを制限した。結果としてEU居住の個人投資家の資金はUSDC、EURC、USDGへ移動した。
ステーブルコイン市場全体 2026年半ばで約3,150億ドル、うち約99%がドル建て。2024年半ばの1,615億ドルから約2倍。USDTが約59%(1,863億ドル)、USDCが約24%(749〜770億ドル)で、両者合計83%。EthereumとTronの2チェーンで供給の約80%を占める。
日本の制度 2023年6月に改正資金決済法が施行され、ステーブルコイン規制の基本枠組みが導入。2025年3月にSBI VCトレードが国内初の電子決済手段等取引業者として登録され、USDCの国内取引が始まった。2025年10月27日にJPYCが正式発行(資金移動業者として)。2026年5月30日時点で累計発行額30億円超、口座開設数1万9,000件。JPYC社は2026年4月に28億円を調達し、シリーズB累計は約46億円の見込み。信託型ではJPYSC、EJPY、Progmat Coinが規制対応を進めている。
2026年6月1日施行の改正資金決済法 2025年6月6日成立、6月13日公布(令和7年法律第66号)。主な内容は、①電子決済手段・暗号資産サービス仲介業の創設(「媒介のみ」を業として行う場合が対象) ②特定信託受益権の定義改正により、一定条件のもと要求払預貯金以外の方法での信託財産の管理・運用を許容 ③暗号資産交換業者・電子決済手段等取引業者に対する資産の国内保有命令の規定追加 ④資金移動業における新たな保全制度(銀行等・信託会社等が供託を介さず直接利用者に弁済) ⑤クロスボーダー収納代行への資金移動業登録の要求。 裏付け資産の運用範囲については、金融庁の説明資料が発行額の50%を上限として、満期・残存期間3か月以内の日本国債・米国債、または中途解約が認められる定期預金による管理・運用を認める方向性を示している。①には裏付け資産が減少した場合の追加拠出義務、②には解約手数料で裏付けが減少しない場合に限定する措置が予定されている。詳細は内閣府令に委任。 また2026年5月19日、金融庁は「電子決済手段等取引業者に関する内閣府令等の一部を改正する内閣府令」を公布(6月1日施行)。外国の信託銀行等が発行するステーブルコインを国内で電子決済手段として扱えるかが不明確だった点を解消するもので、パブリックコメントは2026年2月3日〜3月5日に実施され16件の意見が寄せられた。
ロシア連邦法282-FZ 2026年4月に政府提出、7月21日に下院可決(340票中327賛成・5棄権)、7月24日に上院承認、8月4日にプーチン大統領が署名。主要規定は2026年9月1日施行。移行期間は対象により異なり、既存のデジタル金融資産(DFA)取引所運営者は2027年3月1日まで、暗号資産交換業者は2027年7月1日まで登録なしで営業可能。送金制限規定と非居住者デジタル保管機関の枠組みは2027年7月1日、DFAの発行・流通に関する技術規定と名義保有者・保管機関の要件は2027年9月1日に施行。 交換業者には最低資本金1,500万ルーブル(約18.7万ドル)と金融市場自主規制機関への加入を義務づける。「交換業」は、組織的取引の外で自己名義・自己勘定で暗号資産の売買を系統的に行うことと定義され、「系統的」とは1か月に2件以上かつ合計350万ルーブル(約4.4万ドル)超を指す。銀行は無登録業者が関与する疑いのある送金をブロックでき、暗号資産の所有には司法上の保護が付与される(過去の資産申告の有無を問わない)。ロシア中央銀行は組織的取引・市場価格・デジタル保管機関に関する下位規則の準備に入っている。 なお本法は外国の制裁に優先するものではなく、外国の取引所・ウォレット事業者・金融機関は各国の制裁規制を引き続き遵守する必要がある。
本稿の内容は特定の投資・資産運用を推奨するものではありません。税制の適用については、施行日を定める政令や国税庁の通達等により取扱いが変わる可能性があります。具体的な投資判断・税務判断は、個別の状況を踏まえて専門家にご相談ください。
ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛(たばた・ひでのり)