ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛

全5回の特別号です。第3回:アメリカは遅れたのではなく、別の道を選んだ


前回、「ヨーロッパと日本はサーキットを作り、アメリカは車を持っている」と書きました。

では、なぜアメリカは立法を急がないのか。調べていくうちに、2025年1月の出来事に行き当たりました。


① 2025年1月23日、アメリカは一つの道を閉ざしました

**大統領令14178号「デジタル金融技術における米国のリーダーシップの強化」**です。

この大統領令は、前政権の大統領令14067号を撤回し、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の設立・発行・推進を禁止しました。併せて、180日以内にデジタル資産の連邦規制枠組みを提案する作業部会を設置しています。

立法面でも、リー上院議員の「No Central Bank Digital Currency Act」が、連邦準備制度によるCBDCの発行を禁じる内容で提出されています。

そしてGENIUS法(民間ステーブルコインの制度化)が成立したのは、その6か月後の7月18日でした。

順序が重要です。国家発行の道を閉じてから、民間に開いた。 偶然ではなく、設計だと私は見ています。

② 一方、EUは正反対の道を進んでいます

デジタルユーロの進捗を追うと、こうなります。

  • 2026年2月、欧州議会がデジタルユーロの創設を支持
  • 6月23日、経済通貨委員会が43対14、棄権1で立場を採択
  • 7月11日、欧州委員会が最終的な規制枠組みを公表
  • 7月14日、ECBがパイロット参加者として36の決済事業者を選定(応募は50社超)
  • 規則が2026年中に採択されれば、2027年後半から12か月のパイロット、2029年の発行開始を目指す

ラガルド総裁は「現金とデジタルユーロはどちらも法定通貨になる。ヨーロッパのどこでも『すみません、紙幣は受け取れません』とは言えなくなる」と述べ、現金を置き換えるものではないと強調しています。

そしてデジタルユーロは、国際的な決済事業者への依存を減らし、EUの決済における戦略的自律性を強めることを目的としています。

③ ここで、決定的な設計上の違いが出ます

ECBは、デジタルユーロがブロックチェーンや分散台帳技術に基づくものではないと明言しています。

これは技術の好みの問題ではありません。通貨の設計思想の違いです。

  アメリカ EU
発行主体 民間 中央銀行
技術基盤 ブロックチェーン ブロックチェーンではない
準備資産 米国債・現金など (中央銀行の負債なので該当なし)
現在の規模 約3,150億ドルが稼働中 2029年発行目標

アメリカは「民間 × オンチェーン」、EUは「公的 × オフチェーン」に賭けました。

正反対です。

④ 4つの法域の設計思想

前回の表に、この軸を加えます。

法域 選んだ道 公的デジタル通貨
アメリカ 民間のトークン化ドル 法律で禁止
EU 公的デジタルユーロ 推進(2029年目標)
日本 民間・信託型ステーブルコイン 慎重
ロシア デジタルルーブル + 越境用暗号 9月1日開始

アメリカだけが、国家発行のデジタル通貨を法律で禁じ、民間のドルトークンに賭けました。

そしてその賭けは、いま圧勝しています。ドル建てステーブルコインが3,150億ドル規模で稼働している一方、MiCA準拠のユーロ建ては8種合計で6.7億ドル、デジタルユーロの発行は2029年です。

450倍の差がついたまま、EUの本命はあと3年来ません。

⑤ だから、急がないのかもしれません

ここからは私の推測です。

アメリカが立法を急がない理由の一つは、急ぐ必要がないからではないか。

民間が既にドルを世界中に配っています。年間の取引額は33兆ドル。2025年に前年比72%増加し、主要カード網の処理量に匹敵する水準に達しました。Visaは2026年第1四半期に年率換算46億ドルのステーブルコイン決済量を報告し、Mastercard、Fiserv、Western Unionもいずれも統合プログラムを発表しています。実験ではなく本番稼働です。

競争上の緊急性がありません。

一方、EUと日本とロシアが法整備を急いだのは、自国通貨建てが負けているからです。ECBは、ドル建てステーブルコインの強さがユーロ圏の金融政策の統制を損なうと繰り返し警告してきました。

ただし、これは私の推測です。単に上院の議席構成と選挙日程の問題で止まっているだけ、という見方も成り立ちます。両方が同時に効いている、というのが実際のところかもしれません。

⑥ ECBの本音に、もう一つの分岐点が見えます

興味深い証言があります。

OMFIFのデジタル通貨研究所会長はこう述べています。「ECB当局者の意見は個人によって異なる。銀行のバランスシート上のステーブルコインや、送金手段としては容認する姿勢に変わりつつある。しかしホールセール決済での使用は望んでいない

このホールセール決済こそ、アメリカが押している領域です。

小口の送金でステーブルコインを使うことは、EUも容認しつつある。しかし金融機関同士の大口決済をステーブルコインでやることには反対している ― ここが本当の戦場です。

なぜなら、大口決済のレールを握ることは、通貨の主権を握ることだからです。


この回のまとめ

アメリカは周回遅れではありません。2025年1月に別の道を選び、その道で独走しています。

  • 国家発行を法律で禁じた
  • 民間のオンチェーン・ドルに賭けた
  • 立法が止まっている間も、規制当局が行政手続きで前進している

そして次回、この構図が秀さんの、いや私の3年来の仮説とどう繋がるのかを書きます。

「ステーブルコインは兌換紙幣なのか」 ― この問いに、私なりの答えを出します。そして日本の2028年へ着地させます。


次回:兌換紙幣ではない。しかし、兌換紙幣を作れる器である

ステーブルコインの裏付けを、その中身まで見ていきます。


【注記】

大統領令14178号 2025年1月23日署名、「デジタル金融技術における米国のリーダーシップの強化」。2022年3月9日の大統領令14067号と、2022年7月7日の財務省「デジタル資産に関する国際的関与のための枠組み」を撤回。中央銀行デジタル通貨の設立・発行・推進を禁止し、180日以内にデジタル資産の連邦規制枠組みを提案する作業部会を設置した。連邦官報の文書番号は2025-02123。 立法面では、リー上院議員の「No Central Bank Digital Currency Act」が、連邦準備制度または連邦政府機関によるCBDCの鋳造・発行を禁じる内容で提出されている。

デジタルユーロ 2026年2月に欧州議会が創設を支持する立場を表明。6月23日に経済通貨委員会(ECON)が43対14、棄権1で立場を採択し、機関間交渉(トリローグ)が可能に。7月11日に欧州委員会が最終的な規制枠組みを公表。7月14日にECBが36の決済事業者をパイロット参加者として選定(2026年3月の関心表明募集に50社超が応募)。 規則が2026年中に採択されれば、2027年後半から12か月のパイロットを実施し、2029年の初回発行を目指す。ただしECBは、規則が採択されるまで発行の可否を決定しないとしている。保有上限が設けられ、上限はECBの勧告に基づき欧州委員会が設定し、少なくとも2年ごとに見直す案が欧州議会から出ている。オフライン決済では現金に近いプライバシーが確保され、50ユーロ未満の決済は匿名、それ以上は本人確認が必要とされる。 チポローネECB理事は、立法手続きが2026年末までに完了すれば2029年の導入が可能と述べている。一方で同理事は以前、導入時期を「2029年半ばが妥当な見立て」とも述べており、欧州議会が最大の障害だったと指摘している。 ECBは、デジタルユーロがブロックチェーンやその他の分散台帳技術に基づくものではないと明言している。

ステーブルコインの取引量 年間取引額33兆ドル。2025年に前年比72%増加し、主要カード網の処理量に匹敵する水準。Circleの2026年第1四半期報告によれば、USDCの流通量は28%増の770億ドル、同時期のオンチェーン取引量は263%増の21.5兆ドル。Visaは2026年第1四半期に年率換算46億ドルのステーブルコイン決済量を報告。Mastercard、Fiserv、Western Unionも統合プログラムを発表している。

ECBの姿勢 ECBは、ドル建てステーブルコインの強さがユーロ圏の金融政策の統制を損なう可能性を繰り返し指摘してきた。ECBが選好する解決策はユーロ建てステーブルコインではなくCBDCである。OMFIF(独立系の中央銀行・経済政策・公共投資の研究機関)のデジタル通貨研究所会長は、ECB当局者の意見が個人により異なるとしたうえで、銀行のバランスシート上のステーブルコインや送金手段としては容認する姿勢に変わりつつあるが、ホールセール決済での使用は望んでいないと述べている。 なおMiCA自体も、施行から3年を経て見直しの議論が始まっている。


本稿の内容は特定の投資・資産運用を推奨するものではありません。税制の適用については、施行日を定める政令や国税庁の通達等により取扱いが変わる可能性があります。具体的な投資判断・税務判断は、個別の状況を踏まえて専門家にご相談ください。

ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛(たばた・ひでのり)