ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛
全8回の連載です。第8回(最終回):私の見立てと、これからの備え
7回にわたって、6月から7月の動きを整理してきました。最終回は、私の仮説の更新と、顧問先の皆様への備えです。
仮説は毎回、A→B→C→Dの順で書いています。
① 仮説A:通貨体制の大転換 ― 方向は維持。時間は後ろへ
6月号で、この仮説を2つの層に分けました。
A-1、法的な土台づくり。 前進が止まりました。CLARITY法案は委員会を通った後、本会議に上がらないまま7月4日を過ぎ、8月10日が最終期限とされています。
A-2、国が現物資産を積み上げる動き。 減速したままです。ARMA法案は購入を義務づけず、財務長官は政府による購入を否定しています。
ただし、見落とせない前進があります。
5月19日の大統領令は、連邦準備制度に対して、ノンバンクが中央銀行の決済サービスを利用できるようにする選択肢を検討し報告するよう求めました。
立法が止まっている間も、決済の線路づくりは行政の力で進んでいます。
「通貨の見た目」も変わりつつあります。大統領の署名が入った紙幣が6月から製造開始とされ、5月28日には財務長官が記者会見で、大統領の肖像入り250ドル札の見本を掲げて「法改正を見越して準備済み」と述べました。
判定:方向は維持。速度だけ下方修正。
② 仮説B:アメリカ国内の構造的な緊張 ― 大きく強化
第6回の通りです。行政、立法、人事、物語。4つのレバーが同時に引かれ、行政のルートは裁判所に止められました。
戦争についても、7月23日に下院が終結決議を可決し上院が否決 ― 議会の片方が明確に反対しても戦争は止まらない段階に入りました。
判定:強化。 ただし反対材料も同じ重さで併記します。
③ 仮説C:戦後80年体制の同時多重崩壊 ― 強化
国連の空洞化、代替組織の並立、新しいNATO像、99.4%の関税による貿易ルールの作り替え、同盟国による基地使用の制限、13夜連続の爆撃。そしてナフサショックが示した「崩壊が日用品の値段に届いた」現実。
一方でG7では「暫定合意への結束」という逆方向の演出もありました。崩壊と、取引による管理が、同時に進んでいます。
判定:強化。 ただし中東については「崩壊」ではなく「空洞化した存続」に修正済みです。
④ 仮説D:取引で管理される多極構造 ― 大幅に強化
最も強く裏づけられました。
6月10日に仮説として書いた「守る側から、取る側へ」という言い方が、1か月半で3つの政策になっています。中南米では2つの選挙が予想と正反対の結果に終わり、「外れる条件」の4つ目は成立しませんでした。
判定:大幅に強化。
⑤ 次に確認すること
次号でチェックする「見立てが崩れる条件」です。
- CLARITY法案が8月10日までに成立し、署名される → 「選挙の後でいい」という読みが外れる
- 選挙の法案の予算版が、予算の手続きから落ちる → 立法レバーの前提が崩れる
- 11月の中間選挙で共和党が明確に負け、結果が速やかに受け入れられる → 仮説Bの大幅な後退
- ステーブルコインの決済額が実際には伸びない → 「ドルの形が変わる」第2層の停滞
- ドイツからの米軍撤退が実行されない → 仮説Cの安全保障部分の後退
- 99.4%の関税が裁判所で覆される → 「取る側」モデルの恒久化が頓挫
当たったか外れたかではなく、どこが当たってどこが外れたかを、次号でも正直に書きます。
⑥ 顧問先の皆様へ ― 18の備え
4月号からの15項目は、すべて有効です。今号で3つ追加します。
継続(4月号から)
- 円建て資産に集中していないかの再評価
- 金利上昇のシミュレーション(借入、不動産評価、相続税評価)
- 通貨の分散
- 「今だけの節税」の総点検 ― 資金繰りを無視していないか
- 手元流動性の確保
継続(5月号から)
- エネルギーコストの分散
- サプライチェーンの再評価
- 米国事業の法的・政治的リスクの再評価
- 環太平洋戦略の活用
- 「代わりのきかない存在になる」戦略の自社版づくり
継続(6月号から)
- 「備蓄のない一本足」の総点検 ― 原油に250日の備蓄があってナフサにゼロだった、という盲点。御社の事業で「上流は守られているが、自社が使う中間の材料は無防備」なものはありませんか。原材料、部品、外注先、システムまで、「代わりがなく、在庫も持っていない」ものを洗い出してください
- 制度と価格を分けて見る ― 6月は制度が進んで価格が暴落し、7月は制度が止まって価格が戻りました。資産の価格と制度づくりは別のレーンで動きます
- 「取引される同盟」を前提にした対米シナリオ ― 関税、駐留、通商が一体で取引材料になる前提で、対米ビジネスを設計し直す。「同盟国だから大丈夫」という前提を、契約とシナリオの両面で点検
- 選挙カレンダーの管理 ― 海外の取引や投資の判断時期を、相手国の選挙日程と突き合わせる
- 7月4日前後のリスク対策 ― 結果として「何も起きない場合」が現実になりました。両方に備える設計が正しかったと考えています
新規(今号)
- 99.4%関税への対応 ― 7月24日に発効した新関税は、アメリカの輸入のほぼ全量を覆い、期限がありません。対米の輸出・調達がある企業は、①自社の品目の税率と例外規定の該当有無 ②他の関税との重複関係 ③価格転嫁と調達先の組み替えの選択肢 を、今期中に整理してください
- 暗号資産の「2年間」の設計 ― 2026年・2027年の利益は最高約55%の総合課税のまま。2027年以前の損失は2028年以降の利益と相殺できません。保有、利益確定、損失処理の方針を、2028年1月から逆算して設計する時期です
- 「州ごとにルールが違う選挙」への備え ― 11月の米中間選挙は、郵便投票の扱いが州によって異なる可能性があります。結果の確定が長引く、あるいは結果が争われるシナリオを、為替・株価・調達の面で想定に入れてください
結びにかえて
私がいつも申し上げていることがあります。税理士の仕事は「作業」ではなく「考える」ことだと。
6月号のタイトルは「新秩序の輪郭が見えてきた」でした。この連載を「輪郭から骨格へ」としたのは、あのときうっすら見えていた線が、7月には政策文書と関税表という骨組みになったからです。
一方で、外れたこともあります。
7月4日には何も起きませんでした。CLARITY法案は止まりました。5月の発言の読み方は間違えました。ARMA法案の中身は訂正しました。
それでいいのだと思っています。
ペルーの大統領が誰になるかも、6月10日の私には分かりませんでした。だから「まだ分からない」と書いて、在外票の傾向という一点だけを手がかりに、逆転の可能性を記しました。結果は49,641票差でした。
分からないことを分からないと書き、根拠のある一点だけを頼りに読み、答えが出たら正直に照らし合わせる。この作業を毎月続けることでしか、見え方は良くなりません。
暗号資産税制の2028年という日付に、私はずっと違和感を持っていました。それが今月、アメリカの立法過程を追うことで腑に落ちました。
マクロの話は、遠い国の話ではありません。皆様の確定申告の、適用年度の話です。
考えること、備えること、そして正直であること。どんな未来が来ても、これだけは無駄になりません。
8回にわたってお読みいただき、ありがとうございました。
次は、特別号「暗号資産の行方」をお届けします。CLARITY法案が8月10日という期限をどう迎えたのか。通ったのか、通らなかったのか。そしてそれが日本の暗号資産税制とどう繋がるのか。マクロの話を、皆様の帳簿と申告書の高さまで下ろして書くつもりです。
通常の定点観測は、9月号から再開します。
ご質問・ご相談は、いつでもお寄せください。
【注記】
5月19日の大統領令 「金融技術イノベーションの規制枠組みへの統合」。連邦金融規制当局に既存規制・監督慣行の見直しを指示し、連邦準備制度に対して、無保険預金機関およびノンバンク金融会社によるリザーブバンク決済口座・決済サービスへのアクセスを統治する法的・規制・政策枠組みの評価と、アクセス拡大の選択肢・法的障害・立法規制オプションについての報告を要請。同日、「米国金融システムの健全性回復」と題する大統領令も署名(内容は未確認)。
紙幣 3月26日の財務省発表により、大統領の署名が全米紙幣に入る(165年続いた財務官署名の置き換え)。最初の署名入り100ドル紙幣は6月に製造開始とされた。5月28日、ベッセント財務長官がホワイトハウスの記者会見で大統領の肖像入り250ドル紙幣のモックアップを掲げ「法改正を見越してデザインは準備済み」と発言。存命人物の紙幣登場を禁じる現行法の改正が前提で、法案は下院金融サービス委員会に係属中。
この連載の確認事項(自分への宿題) 3月31日大統領令の官報番号と正式名称、GENIUS Act規則制定期限(7月18日)の帰結、ARMA法案とBITCOIN Actの7月以降の動向、日銀6月・7月会合、ドイツからの米軍5,000名撤退の実行状況、コロンビアの正式確定、ナフサ供給の7〜8月実数、日本の平和評議会オブザーバー参加の一次確認。次号までに確認します。
本稿の内容は特定の投資・資産運用を推奨するものではありません。税制の適用については、施行日を定める政令や国税庁の通達等により取扱いが変わる可能性があります。具体的な投資判断・税務判断は、個別の状況を踏まえて専門家にご相談ください。
ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛(たばた・ひでのり)
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