ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛

全8回の連載です。第6回:アメリカ国内で起きている4つのこと


第2回で、CLARITY法案が止まったまま8月10日を迎えることを書きました。なぜ止まっているのか。 その答えは、通貨の話ではなく、11月の中間選挙にあると私は見ています。

ここは特に慎重に書きます。事実と推測を、はっきり分けます。

アメリカでは今、4つの異なるレバーが同時に引かれています。


① 行政 ― そして裁判所での敗北

3月31日、大統領は選挙に関する大統領令に署名しました。中身はこうです。

  • 国土安全保障省が、連邦のデータベースから州ごとの「市民リスト」をつくり、選挙のたびに各州へ送る
  • 郵政公社が「承認された郵便投票者のリスト」をつくり、そのリストにない有権者には投票用紙を配達しない
  • 司法省が、不適格とみなされた人に投票用紙を渡した選挙管理職員を優先的に捜査・訴追する

署名のとき、大統領は「正直な投票がなければ、国家は成り立たない」と述べました。

これは2度目の試みでした。 前年3月の同じような大統領令は、3つの連邦地裁が差し止めています。そして今回も、23の州とワシントンDCが提訴し、6月下旬に連邦地裁が主要な条項を無効と判断しました。

ただし、判決の効力は訴えた州だけに及びます。

残る27州ほどでは、この大統領令の扱いがはっきりしないまま11月を迎えます。州によって郵便投票のルールが違う状態になりかねません。

② 立法 ― 選挙のルールを変える法案

行政のルートが裁判所に止められた後、主戦場は議会に移りました。

有権者登録のときに市民権の証明を求め、投票のときに写真付きIDを求める法案です。2月に下院を5票差で通過し、3月に上院で審議入りしましたが、そこで止まりました。

そして7月、この法案はあらゆる手段で押し込まれています。

  • 7月15日、国務省の予算案とともに上院へ
  • 7月22日、国防予算の法案とともに上院へ。同じ日、写真付きID部分だけを切り出して別の法案にも挿入
  • 大統領は、超党派で合意していた住宅法案への署名を拒否してまで、この法案の通過を迫っています

さらに重要なのは、予算の手続きを使った縮小版が検討されていることです。全国一律に義務づけるのではなく、市民権証明と写真付きIDを導入した州に連邦のお金を出す形。下院は7月に100億ドルを確保しました。

なぜこれが重要か。

予算の手続きに載せられれば、上院は51票で通ります。一方、CLARITY法案のような市場のルールを決める法律はこの手続きに載せられず、60票が必要です。

限られた上院の審議時間の奪い合いで、選挙の法案がCLARITY法案に勝っている。 これは推測ではなく、観察できる事実です。

③ 人事 ― テキサスの7日間

3つ目のレバーが、5月26日のテキサス州の予備選で実証されました。

  • 3月の予備選では、**現職のコーニン上院議員が42.0%で、パクストン州司法長官の40.5%**をわずかに上回っていた
  • 5月19日、大統領がパクストン氏への支持を表明
  • 5月26日、パクストン氏が63.8%対36.2%で圧勝

わずか7日で、1.5ポイントの劣勢が27.6ポイントの圧勝に変わりました。

背景を2つ。全米の共和党関係者と上院指導部の周辺は、この議席を守るにはコーニン議員の方が安全だと考えていました。そしてパクストン氏は、2021年1月6日の事件に先立つ選挙不正の主張で大統領を支持してきた経歴を持ちます。

大統領の一言で、党の安全牌が、選挙不正を訴えてきた側の人物に差し替わる。

④ 物語 ― 1月の観測気球から、7月の演説へ

4つ目は、言葉のレバーです。

1月6日、下院共和党の合宿で、大統領はこう述べました。

選挙を中止せよとは言わない。だが中止すべきだ。なぜならフェイクニュースは「彼は選挙中止を望んでいる、独裁者だ」と言うだろうからな

笑みを浮かべながらの発言だったと報じられています。1月14日にも「選挙などやる必要すらない」と述べ、翌日、報道官が「冗談です」と説明しました。

7月16日、ホワイトハウスからのゴールデンタイムの国民向け演説。予告の段階で大統領は「本当に大きなニュースがある」と述べていました。

内容は、選挙システムの脆弱性と中国による干渉を示すとされる機密文書の解除、関与者の訴追を司法省に命じること、非市民の有権者登録が27万8千件見つかったという主張、そして議会への法案可決の要求でした。

検証する側の指摘も書いておきます。 主要メディアと専門家は一致して、「実際に不正な票が投じられた新しい証拠は示されなかった」と指摘しました。ある州が200万人以上の登録有権者を調べた最近の調査では、確認された非市民の登録は1件、非市民の投票はゼロでした。

⑤ 私の推測と、反対の材料

私の推測を書きます。断定ではありません。

一連の動きは、「過去の選挙を無効にする」構想ではなく、**「未来のルールと人と物語を先に変えて、11月に勝つ」**という順序の話ではないか。

そう読むと、いくつかの不自然が説明できます。業界が切望し期限が迫っているのに、政権が本気で上院を動かしているように見えないこと。7月22日に妥協案を出して数時間で拒否させ、合意より記録づくりに見える動き方。議員たちが「中間選挙が来る、議会の支配権がかかっている」と法案と選挙の関係を公然と語っていること。

選挙の後の、より有利な議会で通せばいい。 そういう判断が働いているのではないか。

反対の材料も、同じ重さで書きます。

  • 選挙の環境は逆風です。 2026年の州議会補欠選挙を集計した分析では、民主党が中央値で13ポイント上振れしています
  • 大統領の支持率は、主要な項目で下向きです
  • 裁判所は郵便投票の制限を止めており、最高裁も州の側を支持した判例があります
  • アメリカは1812年の英軍侵攻時も、1864年の南北戦争中も、2度の世界大戦中も選挙を実施しています。選挙の日は法律で決まっており、中止する道筋はありません

つまり「勝つために複数のレバーを引く必要がある」のは、放っておけば負ける環境だからです。結果は、まだ決まっていません。

⑥ 訂正:5月の「中間選挙などどうでもいい」発言

最後に、私自身の読み間違いを1つ訂正します。

5月28日、アジアの株式市場で注目された発言がありました。前日の閣議で出た一言です。

私は中間選挙などどうでもいい

私は当初、これを「選挙制度そのものに対する姿勢の表れ」として重く見ました。しかし同じ閣議の記録を読んで、解釈を変えました。

同じ会議で大統領は、薬価引き下げについて「これだけで中間選挙は勝てるはずだ」と2度繰り返しています。前夜のテキサスの結果を「中間選挙の前触れだ」とも述べています。つまり、選挙に勝つ気があると明言している。

素直に読めば、この発言の意味は「選挙の日程を理由に、イランへの方針は変えない」という戦争政策上の宣言です。

一つの発言が、複数の異なる解釈のどれとも同じように当てはまってしまう場合、それはどの解釈の根拠にもなりません。 自戒として書いておきます。


次回:日本に届いたもの

大統領の一言が、スーパーの食品ラップの値段に届くまで。ナフサショックと、7月24日の日本株急落を扱います。


【注記】

3月31日の大統領令 名称は「連邦選挙における市民権確認と公正性の確保」(報道により表記に揺れあり。官報の正式名称での確認が望ましい)。前年3月にも同種の大統領令があり、3つの連邦地裁が主要部分を差し止め済み。4月3日にカリフォルニア主導で23州+ワシントンDCが提訴、別途、投票権擁護団体連合がマサチューセッツ連邦地裁に提訴。6月下旬に連邦地裁が第2条・第3条を法的に無効と宣言し、連邦機関が本令を根拠に原告州の有権者名簿・郵便投票に干渉することと、郵政公社が原告州で承認リスト外の有権者への投票用紙を留保することを禁止した。判決の効力は原告州に限定。憲法は選挙規則の設定権を州と議会に与えており、大統領に選挙の運営権限はない。

SAVE America Act 1月30日にリー上院議員とロイ下院議員が導入。2月11日に下院が218対213で可決し、修正により適用時期が成立と同時に前倒し。3月18日に上院本会議で審議入りするも60票に届かず。7月15日にFY27国務省予算とともに、7月22日にFY27国防授権法とともに上院へ送付。同22日に写真付きID条項のみを切り出して別法案にも挿入。7月23日に下院が本法案を組み込んだ国防授権法を可決。財政調整による縮小版(州へのインセンティブ方式)が検討され、下院は7月15日の予算決議で100億ドルを確保(2002年以降の選挙運営向け連邦支出の合計のほぼ2倍)。

テキサス州予備選 3月3日の予備選はコーニン議員42.0%、パクストン州司法長官40.5%で決選へ。5月19日に大統領が支持表明。5月26日の決選はパクストン氏63.8%、コーニン氏36.2%(テキサス州務長官の公式集計、開票100%)。CNNの分析によれば、全国の共和党関係者と上院指導部周辺はコーニン議員の方が議席維持に安全と考えていた。

選挙関連の発言と演説 1月6日、ケネディセンターでの下院共和党リトリート(2021年1月6日の5周年にあたる日)。共和党が中間選挙で勝てなければ野党は「弾劾する理由を見つけるだろう」とも付言。1月14日のロイター・インタビューでの発言について、翌15日にレビット報道官が「冗談」「戯れに話していた」と説明。7月16日の演説はホワイトハウス・イーストルームから約22分。2020年以降に中国が2億2千万件の有権者データを取得したとの主張も含まれた。 検証側: 主要メディアと専門家は「不正票が投じられた新たな証拠は示されなかった」と一致して指摘。CNNの精査では公開文書の内容は既知の脆弱性と2021年の情報機関評価が大半。ユタ州が200万人超の登録有権者を精査した調査では、確認された非市民登録は1件、非市民の投票はゼロ。民主党知事24名が連名で声明を出している。

補欠選挙の傾向 2026年の州議会補欠選挙37件を分析した集計で、2024年大統領選の基準線に対し民主党が中央値で13ポイント上振れ。ただし特別選挙の投票率は本選の1〜2割で、代表性には限界がある。

5月27日の閣議発言 米東部時間5月27日の閣議冒頭、イラン交渉についての文脈。同じ会議で薬価引き下げについて「それだけで中間選挙は勝てるはずだ」と2度発言し、前夜のテキサス予備選結果を「中間選挙の前触れだ」と引用している。日本時間5月28日午前に市況報道。同日のアジア市場は香港ハンセン指数が8週間ぶりに2万5000ポイント台を割り込んだ。


本稿の内容は特定の投資・資産運用を推奨するものではありません。具体的な投資判断は専門家にご相談ください。

ドクタービジネスソリューションズ株式会社/DoCTOR税務会計事務所 代表 田端 秀寛(たばた・ひでのり)