気が付くと、10月も7日。
記憶障害なのか、気が付くと月日が経過しているw
次に気が付くタイミングは11月?
11月と言えば米国の大統領選挙、、、どうなることやら、、
さて、本題である。
教えられて、さらっといきなりできる人やできちゃう人が世の中に入る。
天賦の才があるからなのか、隠れて努力しているからなのか、、
それとは別に、全然要領も良くない、できない人がいる。
ほとんど大多数がそうなのかもしれないが、田端は最近、そちらの方が尊いなぁと感じる。
無論、あきらめて何もしない人は論外というか、別として、
出来ないのだけども、出来るように血のにじむような努力をして、出来るようになる人の方が「天才」や「秀才」より尊いと感じる。
そういう人は、どうすればできるようになるか、という他者への伝達に際して、どうすればできるようになるか、を「言語化」している可能性が高いからである。
名選手、名伯楽ならず、とはよく言ったものである。
どうすればその技術を習得できるか。できない時の気持ちはどうだったか。また、出来たときの気持ちはどうだったか、、、等々、能力が足りない分、努力した人だからこそ、アウトプットできることがある。
なので、
「自分には才覚がない」
と感じたときは、努力という回路さえあればであるが、名伯楽になれる可能性があるのではないか、と田端は昨今思うのである、、
秋のはずなのに、まだまだ真夏日が、、、という秋とは言えない様な、秋が深まる夜に思うのである。。